インタビュー & 特集
『ミス・サイゴン』出演の小野田龍之介さん「クリスは自分の心をずっと閉ざして生きてきた」
ミュージカル『ミス・サイゴン』が、7月29日に初日を迎えた。新型コロナウイルスの影響を受けたものの、それを乗り越えて幕が開いたのは、なんとも喜ばしいニュースだ。
2016年・2017年の公演に引き続き、2022年の日本初演30周年公演でも、米兵クリスを演じる小野田龍之介さんは、幼い頃からこの舞台に足を運び魅了されてきたという。そんな彼だからこそ感じる作品への想い、クリスを演じるうえで大切にしていること、そして最近ますます幅が広がっている自身の活動についてなど伺った。(取材・文/小野寺亜紀)
INTERVIEW & SPECIAL 2022 8/4 UPDATE
――ベトナム戦争末期、フランス系ベトナム人のエンジニアが経営するキャバレーで、クリスは戦争孤児の少女キムと恋に落ちますが、クリスを演じるうえで大切にされていることは?
クリスは自分の心をずっと閉ざして生きてきた、というところです。イギリスの演出家に、クリスについて何かひとつキーワードが欲しいと話したら、その言葉をいただきました。これは日本語の歌詞にはないのですが、2幕でエレンに自分の心をさらけ出すシーンで、英語の歌詞の中にあるんですよ。
クリスは戦渦の中で様々な苦しみや恐怖を感じて生きてきた。そしてアメリカ軍がベトナムから撤退すると分かったとき、ベトナムでの人間関係を全て断ち切って、早くアメリカに帰り、一人静かに暮らしたいと思うほど心を閉ざしていた人間だと思うので、その部分はすごく大事にしました。簡単に心がオープンにならないというか。
――そんなときにキムと出会い、彼の人生が変わっていくのですね。
心がオープンでないからこそ、キムと出会ったときも「ウワッ!かわいい子がいる。好き!」とか、そういうのではないんですよ。クリスのような人が運命の出会いをすると、本当に高価な陶器に触れるような、少しでも強く握ると壊れてしまうような、そういう繊細さをもって彼女に接する緊張感があると思います。だからこそ「絶対に離さない!」というエネルギーも溢れ出てきて……。その“バランス”は、自分の中のテーマでもあります。
――小野田さんは幼い頃から何度もこの舞台をご覧になっていたそうですね。
重いテーマを扱っていて、「大好き」と言えるような題材ではないのですが、愛を中心に描いているところなどすごく感銘を受けて、よく劇場に足を運んでいました。ただ、2012年に新演出版になってからは、1、2回しか拝見できていなかったんですよ。でも自分が参加するうえでは、それが逆に良かったなと。オリジナル演出版への出演だったら、固定観念があり大変だったのかもしれないですが、何度も聴いてきた音楽や歌は変わらずとも、セットや演出が違うことが良い方に働きました。
僕は子どもの頃から、市村正親さんの声や動きを何度も見てきたので、前回、稽古場で初めて市村さんの「Welcome to Dreamland!」という声を聞いたときは、ビリビリビリっと体に電気が走るようでした。これは俳優としてなかなか経験できることでもないし、大きな財産だなと。やはりこの『ミス・サイゴン』は市村さんのように初演から出ている方のエネルギーが絶えず残り、そこに新たな才能が加わり30年続いているというところが、日本のミュージカルの中でも特別なエネルギーを放っている要因だと思います。
――その憧れの市村正親さんたちが演じられているエンジニア役ですが、小野田さんの“ミス・サイゴン愛”もありますし、いつか演じてみたいという思いは?
いやいや!どうなんでしょう。僕は今クリスのことしか頭にないので(笑)。でも、『ミス・サイゴン』や『レ・ミゼラブル』といった何十年も上演され続けている演目のいいところは、年月とともに俳優も歳を重ね、演じる役が変わることがあるところ。それも魅力のひとつだと思うので、そうやって(役を)捉えていける機会があれば、俳優としてとても光栄なことですね。勉強しなければならないですが! ただ、僕が最初にこの『ミス・サイゴン』で演じてみたいと思ったのは、トゥイ役だったんですよ。
――え!? それはどういうところからですか?
トゥイはキムの許嫁のベトナム人の男性ですが、観客として観たとき、トゥイの一途さ、切なさに心を持っていかれちゃって。クリスも一人の女性を真っすぐ愛し、実際演じてみて彼は強く生きた男性だと気づいたのですが、トゥイは戦争でいろいろなことが崩されてしまった……。なぜか最初はクリスではなくトゥイを演じてみたいと思いました。
――いろいろな役も観るごとに感じ方が違いますし、やはり深い作品ですね。ところで作品の舞台となっているベトナムやバンコクに行かれたことはありますか?
ベトナムはすごい昔にプライベートで行ったことがあり、バンコクは10代の頃、当時『ミス・サイゴン』に出演されていた岡幸二郎さんたちと行ったことがあります。岡さんが舞台に縁の場所を教えてくれました。やっぱりその土地の温度感や、劇中にも出てくる商店街の客引きとかを体験できたのは良かったです。あの匂いや景色を知っているのは、作品を演じるうえで大きいなと思います。
――2020年に上演予定だった『ミス・サイゴン』は、新型コロナウイルスの影響で稽古中に全公演中止が決まりました。今年、2年越しに上演できることへの思いをお聞かせください。
2年前は緊急事態宣言が出るかもしれない、という中で、すごいスピードで稽古が進んでいました。いつ(稽古が)止まってもいいように、逆にいつ復活できてもいいようにと。でもそれは、お客様が求める、そしてキャストが求める『ミス・サイゴン』なのだろうかと思う部分がありました。それから2年経ち、少しずつ演劇作りができるようになった今、しっかりお稽古をして作品を届けられるのは本当に良かったです。2年間観られなかったお客様の思いはひしひしと伝わってきますから、我々もこれまで以上の覚悟を持ち、社会に対する祈りを持って、舞台を務めたいなと思います。
――今年は『フィスト・オブ・ノーススター~北斗の拳~』に始まり、先日まではダンスが満載の『メリー・ポピンズ』にもご出演。歌えて踊れて存在感もあるという、ミュージカル俳優として素晴らしいバランスをお持ちだなと改めて感じました。
ありがとうございます!
――新たな事務所にも入られ、今どんな心持ちですか?
2年前にはデビュー20周年を迎えて記念コンサートもやらせてもらうなど、いろいろなキャリアを積ませていただきました。トキ役を演じた『フィスト――』では、初めて太極拳のレッスンをしてから稽古に臨みましたし、『メリー・ポピンズ』のバートもすごく体を使う役でしたからね。僕はディズニーが大好きなので、バートは憧れのヒーローのような役でとても嬉しかったです。そして次は歌だけでドラマを展開していく『ミス・サイゴン』。本当にここ最近、作品の幅がものすごく広くなっています(笑)。
楽しい演目をやり続けていると、『ミス・サイゴン』のような悲劇的なドラマを演じたときの落ち込みようがすごいのですが、作品の深い底が見えたりと発見も多い。だから毎回毎回、次の作品を見たときの景色や、どこまで自分が思い切って飛び込んでいけるか、というところが楽しみではあります。(事務所の)環境が変わりましたが、今までミュージカルの現場で築いた信頼関係でがっちりタッグは組めていると思うので、これまでやってきたことをより肉厚にして邁進し、新たな挑戦やご縁に挑んでいきたいなと思います。
小野田龍之介(おのだ・りゅうのすけ)
神奈川県出身。幼少の頃よりミュージカルを中心に活躍。2011年に「第1回シルヴェスター・リーヴァイ国際ミュージカル歌唱コンクール&コンサート」でシルヴェスター・リーヴァイ特別賞を受賞。2020年にはミュージカルデビュー20周年記念コンサートを開催。主な出演作は『WEST SIDE STORY Season1』『ミス・サイゴン』『レ・ミゼラブル』『メリー・ポピンズ』『ラブ・ネバー・ダイ』『マリー・アントワネット』『パレード』『三銃士』他多数。
【データ】
ミュージカル『ミス・サイゴン』
東京公演/2022年7月29日(金)~8月31日(水)帝国劇場 ※7月24日(日)~7月28日(木)プレビュー公演・一部公演は中止
大阪公演/2022年9月9日(金)~9月19日(月・祝) 梅田芸術劇場メインホール
愛知公演/2022年9月23 日(金)~9月26日(月) 愛知県芸術劇場 大ホール
長野公演/2022年9月30 日(金)~10月2日(日) まつもと市民芸術館
北海道公演/2022年10月7日(金)~10月10日(月) 札幌文化芸術劇場 hitaru
富山公演/2022年10月15日(土)~10月17日(月) オーバード・ホール
福岡公演/2022年10月21日(金)~10月31日(月) 博多座
静岡公演/2022年11月4日(金)~11月6日(日) アクトシティ浜松 大ホール
埼玉公演/2022年11月11日(金)~11月13日(日) ウェスタ川越 大ホール
オリジナル・プロダクション製作:キャメロン・マッキントッシュ
作:アラン・ブーブリル/クロード=ミッシェル・シェーンベルク
音楽:クロード=ミッシェル・シェーンベルク
演出:ローレンス・コナー
出演:
エンジニア役/市村正親 駒田一 伊礼彼方 東山義久
キム役/高畑充希 昆夏美 屋比久知奈
クリス役/小野田龍之介 海宝直人 チョ・サンウン
ジョン役/上原理生 上野哲也
エレン役/知念里奈 仙名彩世 松原凜子
トゥイ役/神田恭兵 西川大貴
ジジ役/青山郁代 則松亜海
他
※各役交互出演