インタビュー & 特集

音楽劇『ハムレット』演出家藤間勘十郎。歌舞伎のスピリットを注入して初のシェイクスピアに挑む!

K-POPアーティストのキム・ヨンソク(CROSS GENE)、元宝塚トップスターの北翔海莉らの共演で10月22日より東京芸術センター 天空劇場にて上演される音楽劇『ハムレット』。その演出を担当するのが藤間勘十郎。日本舞踊の藤間流八世宗家であり、演出家、振付師、舞踊家、作曲家としても著名な和物の大家が、西洋作品に初挑戦するということで公演前から話題を呼んでいる。シェイクスピアにどう歌舞伎のスピリットが注入されるのか? 笑いの絶えない楽しい稽古場にお邪魔してお話を聞いた。(文/望月美寿、撮影/泉山美代子、稽古場撮影/谷中理音)

INTERVIEW & SPECIAL 2019 10/21 UPDATE

――音楽劇『ハムレット』を演出されることになった経緯からお聞かせください。

今年(2019年)の夏の『怪談・牡丹灯籠』で第4弾を迎えた『藤間勘十郎文芸シリーズ』の制作会社・アーティストジャパンさんからお話をいただきました。前々から出演者たちと食事に行ったときなどに「文芸シリーズはどうしても和物が多くなるし、勘十郎がやるとなると日本舞踊が入る。一度洋物をやってみたいな」という話は出ていたんです。

洋物に興味を持ったのは(市川)海老蔵さんと『源氏物語』をやったときですね。オペラの曲に歌舞伎の所作を当てていくということを経験しました。もっとさかのぼると(片岡)愛之助さんとやっているシスティーナ歌舞伎。次で十回かな。最初は上村吉弥さんが頭で、僕らは洋舞の振り付けをしたんです。OSKの方たちが出られて完全なる洋楽で衣装もスカートで。そのとき僕は28歳で何もわからないままやっていましたね。その頃から洋物にご縁と興味はありました。

――シェイクスピアとK-POPアーティストと歌舞伎という組み合わせが実にユニークですが、キム・ヨンソクさんが主演と聞いたときはどう思われましたか?

歌舞伎の人が主役で僕が入ってしまうとどうしても歌舞伎になってしまいますからね。僕は外で演出するときには、なるべく歌舞伎の人でない方と一緒にやるようにしているんです。文芸シリーズにしても初演の『綺譚 桜の森の満開の下』で今の市川翠扇さん、当時の(市川)ぼたんさんに出てもらったくらいで、そのあとは歌舞伎とは関係ない方々と組んできましたからまったく気にならなかったですね。

――実際にヨンソクさんとご一緒された感想は?

面白いですよね。役者さんによって、自分の役を掘り下げに掘り下げる人もいれば、逆にあまり深く考え込まず重たくなくやってくれる人もいる。ヨンソク君は、こないだ一緒にやった北村有起哉さんに似たタイプなんじゃないかな、と思いました。役のとらえ方がね(笑)。「こんな感じで」と僕が説明したら「わかりました~こんな感じですね」ってとりあえずやってくれるところが(笑)。だからといって別に役を軽んじてるわけではなくて、きちんと考えてる。できないときは「できません、どうしたらいいですか?」と聞いてくれる。そういう意味ではすごくやりやすいです。

――今日はお稽古も見せていただきましたが、お稽古場はいつもあんなに楽しそうなのでしょうか? 次から次へとアイデアを出しながらみなさんと一緒に場面を作り上げていくエネルギッシュなお姿はもちろんのこと、ラストまで一気に仕上げていかれた勢いにも圧倒されました。しかもまだ稽古が始まったばかりと聞いて驚きました。

そんなに楽しそうでしたか?(笑)。とりあえずバーッと全部つけてからひとつずつ見直していくというのが私のやり方なんです。前回の文芸シリーズの『怪談・牡丹灯籠』は2日で全幕稽古してあとから細かいところを直して仕上げました。一度通してやっちゃったほうが流れも見えるし、作品も見えてくるのでね。味付けはあとですればいいので、とりあえず食材を切って並べておくくらいは最初のうちにやってしまう。

演出にはもちろん、いろんなやり方がありますよ。一幕ずつゆっくりやっていく方もいらっしゃいますが、僕は先に全体像が見たいんです。どこを見せ場にして、どこを畳んで、どこをたっぷりやるかということを見極めたい。歌舞伎の通し狂言はそれがよくできているんです。自分たちはそれをずっと習ってきているので。今回はどこの場面が一番重要なのか。それがシェイクスピアの『ハムレット』として重要なのか、今回の音楽劇『ハムレット』として重要なのか、という部分を考えながら、とりあえず今日は出入りや動きをなんとなく決めながら最後までやってみました。

――ご自身のTwitterで「な!なんと!!私が洋物を演出。三味線無いです!!着物無いです!!洋楽に洋服(笑)。しかし、歌舞伎でいきます~傾く(カブク!!)精神で初のシェイクスピアに挑みます!!」とツイートされていたのが話題を呼びました。

ははは、そうなんですか?

――歌舞伎の特色というと見得とか早替わりとかだんまりとか、つけうちとか、鳴り物とか。一番は様式美でしょうか。そういった要素を取り入れていくのかと想像していたのですが。実際にお稽古を見せていただいたら、取り入れるというよりも“勝手に入ってきちゃう”という感じがしました。

私がつけるとどうしても動きが様式美になっちゃうので(笑)。それはたしかにありますね。歌舞伎以外のものを歌舞伎にしていく場合、この作品のこの役は歌舞伎のこの作品のこの役のイメージでとか、この場面のこれをちょっと入れていこうとか。そういう演出をするんです。そうするとおのずと歌舞伎になっていく。今回は音楽劇ということで歌もあるし、そこに様式美が入るとどうしても長いセリフをカットしていかなきゃいけないなと思います。僕はたらたらするのが嫌いで、トットットッと進んでいくほうが好きだから、なおさらそうなるかもれません。

――舞台にピアノがあったり、鳴り物の方が洋服で演奏されたりするのも面白いアイデアですね。

これを一番学んだのがシスティーナ歌舞伎ですね。あのときに演出の水口一夫先生のそばに助手みたいについて、初めて作曲もさせてもらったのがいい経験になりました。演奏家を出そうか、それは陰なのか表なのか。出すなら洋服か和服か。洋楽につけはどう入れようか。2人で最初から作り上げていきましたから。

――他に何か今回ならではのアイデアはありますか?

歌舞伎って現代ではちょっと考えられないような人間の心理が描かれているんですね。主君のために子どもを殺すとか、誰かのために身を犠牲にするとか。それが日本のよさだと僕は思ってますが、簡単にいえば『忠臣蔵』ですよね。仇を討つという。そういう意味では『ハムレット』にも通じるところがあってやりやすい。ただやっぱり他の人がやらないものを、と考えて今回はシェイクスピア作品には登場しない役を出すことにしました。

――たしかに、異質なキャラクターが稽古場にいましたね。

ミュージカル『エリザベート』におけるトートから発想をちょっといただきまして。あれを和風にやってみようと思いました。みんなと話し合ったときに、ハムレットは正気だったのか狂気だったのか?ここがポイントであると同時に曖昧だと思ったんです。だったら何かつかさどるものがあった方がいい。僕たちもだんだん調子に乗ってくると周りが見えなくなってしまうことあるじゃないですか。眠くなったときの子どもみたいなね、調子こいて大人に怒られるみたいな(笑)。でも、それってその子の本心なのか、誰かがその子をそうさせているのか、そういうところを描いたら面白いのかなと思いまして。脚本の戸部(和久)君とも話したんですが、亡霊は父だと言ってないときもあるらしい。それもたしかに面白いなと思いまして。悪というか、腐敗したものを全部表に出して行くことが大事。先祖がこのままではダメだから全部出せ!と言って膿を出す、それが形になったら…というところから来た発想です。

――お話を聞いているだけでワクワクします。

どこでどうその存在を出すと面白く見せられるかな、と工夫するのは楽しいですね。ワンポイント、スパイスです。実はこの話をいただいたとき「シェイクスピアといえば近松かな」とすぐに思いました。近松ものでハムレットの参考になるような面白い演出はないかと探して、でも『曽根崎心中』はムリだな、と思ったりして(笑)。そのうちに僕が最近やらせてもらった『雙生隅田川』(若手舞踊公演 SUGATA「二人三番叟」/ 通し狂言「雙生隅田川」)を思い出したんです。猿島の惣太が腹を切って、はらわたを投げると天狗になるという場面を。人間の中から憎悪がブワッと出てきたら面白いんじゃないかと。そういえば最近やったなあ、あんなのが舞台にいたらいいなあ、とそういうことから思いついたので、やはりシェイクスピアと歌舞伎はどこか似たところがありますよね。

――ちょっと黒子みたいな部分もありますね。小道具を運んで来たり。

ははは、そうなんです。黒子って歌舞伎では重宝に使っていますけど、それを僕らが見ていて面白いと思ったのは串田和美さんの『隅田川続俤 法界坊』。いろんなものを出したり、最初は自分がお出になったり。そうか、こういう使い方ができるんだな、と思いました。堂々と存在していても見えていないと認識されている。今では歌舞伎以外でも、TVにも当たり前のように黒子が出てきますよね。そんな黒子がひとつのポイントになれば。持たせた物が死を予感させたり、日増しにその存在が大きくなっていったり。それがイコール復讐なのか、今はまだわからないですけど、いろんな意味でだんだんだんだんみんなの憎悪が大きくなっていく…みたいな演出にうまく使えたらいいなと思います。

――黒い染みが広がっていくように。

そうですね。で、最後にハムレットが死ぬときに正気に戻り、ハッと気づくと周りの全部が狂気に満ちている、というところに繋がればいいなと。まだまだ、これからどうなるかわからないですけど。ワンポイントとして考えただけの段階なので。

――どんな衣装か楽しみですね。

僕の中ではもうトートのイメージですから(笑)。悪玉のお面かぶったり(笑)。異種、異生物がいた、みたいな、この世界に馴染んでいるようだけど馴染んでない!というイメージが欲しいですね。そういう意味では、他とは違うものになると思います。

――こんなふうに『ハムレット』に向き合っていると、逆にシェイクスピアものを歌舞伎でやってみたいというお気持ちは出てきませんか?

そういうお話があればやってみたいですね。昔から歌舞伎以外のものを歌舞伎にしたいとは思っていたんですが、それをやって一番楽しかったのはやっぱり『あらしのよるに』です。(中村)獅童さんと(尾上)松也君でやったときに、絵本をそのまま歌舞伎にするにはどうしようかといろいろ考えたんです。歌舞伎らしい脚色をしていくのがいいのか悪いのか。でもやらなきゃ歌舞伎にならないよ、と勇気を持ってやった実績が自分にはあるので。

――その他にもニコニコ超会議の超歌舞伎など、ジャンルの違うさまざまなことに挑戦されていますね。

あれは面白いもので、私は歌舞伎の演出家の中でもド歌舞伎なんです(笑)。あのときは松岡亮さんという脚本家がいて、あの人もド歌舞伎なんです(笑)。そんな2人がああいうものをやるから面白いんですよ。いわゆるいっちゃいすぎないというところがあるし。逆に今回の『ハムレット』では戸部君に脚本を頼んで、違うテイストを持つ彼に、僕の言いたいこと、やりたいことを盛り込んでもらいました。7人の登場人物の役をできるだけ掘り下げられれば、面白くなると思うんですよ。

――つねに舞台のために各方面にアンテナを張っていらっしゃる。お話をうかがっても引き出しがの数がすごいです。

それは大事なことですから、たしかに意識していろんなものを見聞きするようにしていますね。それは母からも祖父からも父からも教えられました。特に祖父が海外のものに貪欲でした。僕が初めて海外に振付師として行ったときは「これとこれとこれを見てこい」と
祖父からリストをもらいました。もちろん全部見に行きましたけど、今でも役に立つことがあるし、視野が広がりましたね。僕はまだ20歳でした。

――ご自身は伝統あるご家系のお生まれで、ある意味、ハムレットと同じリアル王子様というか、背負っているものがおありなのかなと想像するのですが。そのことが今回の演出に影響することはありませんか?

ははは、私は別に父は死んでないし、叔父と母は一緒に暮らしてはいないので、なんともいえないですが(笑)。でもやっぱりある意味、ひとつの家を抱えてトップを走っていかなきゃいけない人たちは、孤独を抱えていているものです。つねに人と接していながらも腹を割るわけではなくて、自分が友と思える人間は家来であったり。ということはよくある話ですね。僕らもそういう経験がないわけではないので、そういう意味ではハムレットの気持ちはよくわかります。その孤独さも。それがわかるだけに、自分の中にもさっき言ったような憎悪の存在も感じます。自分にそういう背景がなかったら、舞台にそんな役を出そうという発想もなかったかもしれないですね。

人間って、自分の意思で動いているようで実はそうではなかったりすると思うんです。人生の線路はある程度決まっていて、分岐点に立ったときにどっちを選ぶかは自分が決めるんですが、選んだら選んだでまたその先の人生が決まっていく…と思っていて、そういう意味ではハムレットと自分は重なり合うものはありますね。また、この作品はちょっと日本人的、歌舞伎的だとも思います。父の仇討ちなんて今はなかなかないですからね(笑)。だからこそ、以前、織田(紘二)先生が歌舞伎でハムレットをおやりになった『葉武列土倭錦絵』で面白いなと思ったところは全部いただきました(笑)。織田先生は僕の大先輩ですから許してくださるでしょう(笑)。

――ある方が「藤間勘十郎は宿命を背負っているのに、その宿命を楽しんでいる」と書かれていたのですが、今日お会いしてそのことを実感するとともに、器の大きさに感動しました。

いやいや、僕なんかまだまだおちょこサイズですからダメなんですけどね(笑)。でもそうならなければならない、という自覚はあります。それに向けて頑張らなきゃいけない。なかなかどうして人間のサイズが小さいのですぐにいっぱいになってしまうんですが(笑)でも、どんな状況でもそれを楽しむしかなかろうという気持ちはつねにりますね。

今、歌舞伎座が3本あって、『ハムレット』やって、『現代能 マリーアントワネット』でフランスに行って、同時進行で(中村鷹之)資さんも「船弁慶」(『源平の雅』)の稽古をしたいと言っていて、フランスから帰ってきても予定がびっしりで…抱えてるものが膨大なんですよね。つねに10本ではすまないんじゃないかというくらい。これでも人に振ってるんですよ。自分だけで抱えていると頭が「もわ~ん」となってくるので。ずっと脳みそが動いているんで、正直、このところ不眠が続いているんです。だったらもう、この状態を楽しむしかない(笑)。気分転換にじゃあ歌舞伎行くか、とか今日はハムレットやるか、みたいな(笑)。そういう気持ちでいないとやってられなくなりますね。体がもたなくなっちゃう。

――常人の忙しいとか、楽しむとかのレベルを超えたところにいらっしゃるような気がします。

一周回ったらそうなりますね(笑)。これもまた祖父の教えなんですよ。「舞台に出るときは楽しみなさい」と。苦しむと見ている方も苦しくなるし、自分が楽しんで出ていかないといけないよ、といつも言われました。ものを作るにしても「これ面白いな」と思うべきなんです。自分が自分の一番のファンでなければいけない(笑)。だって自分がつまんないと思うものをやってたらお客様に申し訳ないから。みんなに否定されても俺だけはよくできた!と思い込む。それくらいじゃないと演出はできないですね。

――これからが楽しみですね。

音楽の橋本賢悟さんも、システィーナ歌舞伎の一回目からずっと一緒にやってきた方なんです。今回は僕が信頼している方しか集めなかったんで(笑)。初めて会ったときは僕も彼も20代でした。文芸シリーズも『綺譚 桜の森の満開の下』の再演のときから全部作曲をお願いしています。

――信頼している人しか集めなかったんで、とさらっと言われましたが、それが実現可能なのがすごいと思います。

それはありがたいことですね、本当に。なかなかそれはない。僕もそれはよくわかっています。歌舞伎行っても「こいつわがままだな~」と思われてるだろうなと思います(笑)。「こんなのつまんないからダメです」とか「この人は踊れないからクビです」とか平気で言ってるから(笑)。でも、ひとつの作品を作りあげるという熱意を持ってやっている姿をわかっていただけてるから「うん」と言っていただけてると思うんですよ。その分、しんどい思いしてらっしゃる方、周りにいっぱいいると思うんですけど(笑)。この間も来たメンバー全部「違う方でお願いします」と差し替えたこともありました。

――えっ、歌舞伎でですか?

実はよくあることなんです。やっぱりいい作品を作るためにはいいメンバーでやりたいので。「全員結構です」と言ったりすることもございます。

――今日は面白いお話をありがとうございました。音楽劇『ハムレット』のご成功をお祈りしています。

頑張ります。頑張ってもらいます、みんなに(笑)。私はもう作るだけだから、あとは頑張るのはみなさんなんで(笑)。どうぞご期待ください。


<プロフィール>
八世宗家 藤間勘十郎(ふじま・かんじゅうろう)
1980年3月13日生まれ、東京都出身。祖父・六世藤間勘十郎と母・七世藤間勘十郎(現・三世藤間勘祖)の元、舞踊家となるべく研鑚を重ねる。高校卒業後は、母と共に歌舞伎舞踊の振付を担当すると共に、若手俳優の舞踊の指導・育成に努めまた苫舟(作曲・筆名)の名前にて数々の新作を発表している。また、演出家や振付家として新作歌舞伎や様々なジャンルの舞台への参加も多く、古典芸能における革新的な存在のひとりである。

音楽劇『ハムレット』
2019年10月22日(火・祝)~25日(金)
東京都 東京芸術センター 天空劇場
演出:藤間勘十郎
作:ウィリアム・シェイクスピア
上演台本:戸部和久
音楽:橋本賢悟
出演:
ハムレット:KIM YONGSEOK(CROSS GENE)  
ホレーシオ:大橋典之  
レアティーズ:野島直人 
オフィーリア:栗原沙也加 
クローディアス:根本正勝
ポローニアス&墓掘り:ルー大柴 
ガートルード:北翔海莉

 


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