インタビュー & 特集
『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』作詞家及川眠子、「観客に想像させる歌詞を」
史上最高に美しいヘドウィグと評判で、東京EX THEATER ROPPONGIを皮切りに全国5か所にて絶賛上演中の浦井健治、アヴちゃん(女王蜂)出演『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』。このミュージカルの日本語歌詞を担当したのが、作詞家の及川眠子さん。翻訳ミュージカルにおける歌詞作りの世界について、ポップスからミュージカルまで幅広く活躍されている及川さんにお話を伺いました。限られた音節の中で物語を語らせる職人技は驚きの連続です。(文/小柳照久、撮影/藤記美帆)
INTERVIEW & SPECIAL 2019 9/10 UPDATE
—今回、歌詞が依頼されたのはどのタイミングなんでしょうか?
オファーをいただいた時にはキャストも演出家もすべて決まっていました。作詞や訳詞のスタッフって一番最後に決まるんですよ。
—このたび『ヘドウィグ~』の歌詞を担当されますが、浦井健治さんがヘドウィグ役、アヴちゃん(女王蜂)がイツァーク役を演じています。役者によって歌詞のつくり方が変わるということはあるんでしょうか?
それはないです。歌詞については、誰の言うことをきいて作っているかというと、演出家、今回は福山桜子さんです。音楽と言葉のハメの確認は音楽監督の大塚茜さんと行います。基本的に私は「作詞家だから」という主張はしたくないんです。だって、舞台は作詞家のものじゃないから。演出家がやりたい方向性に添って作っていきます。
私はポップスがメインの作詞家なんですけれど、普段やっている歌謡詞というのは、自分の体験だったり、相手の意向だったり、自分の思いだったりするのを、いったん自分の中に入れて加工していくんですね。一方でミュージカルの作詞は、原作やストーリーをベースに言葉を選んでいくやり方なんですよ。だから、ミュージカルの作詞はちょっと違いますね。より職人的です。
—楽曲の作詞とミュージカルの作詞は根本から作り方が違うんですね。
ポップスの作詞家の方たちってあまりミュージカルの作詞はやってないんですよ。作詞家の中でも分業化されているんですね。ミュージカルの詞を書かれているのは、翻訳された方とか演出家が多いんです。そうすると、舞台を説明することを重要視して、どうしても言葉が多くなって、説明がちになっている状態がよく見られます。
一方、いわゆる歌謡詞というものはだいたい300~400文字位が主流なんですね。その中で物語を見せようとしたときに、いかに説明せずに想像させるかが作詞家の腕の見せどころ、私がヘタクソな詞って思うのは、説明しかない詞。パッと見て言葉が多い詞っていうのは、私は良い詞だと思ってないんですね。言葉が少なくて、お客さまに想像させる隙間を作っていくことを心掛けています。
だから、演劇畑の人から見ると逆に、歌謡詞っていうのはスカスカに感じるだと思うんですよ。「なんでこんなに言葉が少ないの?」とか「説明しないの?」とか。だけど、私、基本はポップスの作詞家なんです。ミュージカル専門の訳詞家ではないんですよ。ミュージカルっていうのは、基本、原作があって、流れが決まっていて、そこを外さないようにする。私はメロディがあったらそれを活かしたいと思うので、演劇界の詞の人たちとはたぶん違うと思います。
今回、『ヘドウィグ』の場合は、筋を外さなければ自由にやってくれて良いっていうオファーだったんですね。だから、大変だったんですけど、すごく楽しかったです。公演によってはガッツリ筋に添ってくれというオファーの時もありますので。
—ちなみに、ポップスでの作詞は歌詞を先に作るんでしょうか? それとも出来上がった曲に合わせて歌詞を作るんですか?
両方です。いろんなケースがあるので、詞が先の場合もありますし、曲が先の場合もあります。全面お任せっていうケースもありますが、ガッツリ決められているものもありますし、いろいろです。
—翻訳ミュージカルはそれでいうとガッツリ系の作業になりますね。日本語にすると、元の歌詞の1/3位しか訳詞に入れられないと言われています。どの部分を盛り込むというのはどのように決めていくんでしょうか?
英語詞だと3倍位入るんですけど、大意に添って、どうやって要約してメロディに入れられるかというのをディスカッションしながら決めていきます。
私は説明したいがために、リズムやメロディを壊してしまうようなミュージカルの歌は大っ嫌いなんですね。それはやりたくない。特に『ヘドウィグ』は音楽が素晴らしいから、なるべくメロディに添わせて、いろんな説明をしたくないっていうのを、オファーをいただいた時にお願いしました。
だから、原作ではミュージカルナンバーで説明していることをすべて盛りこもうとすると、メロディの中に言葉を詰め込んでしまうので、元来、原作では音楽で説明しているけれど、ここの部分は台詞でカバーしてほしい、などとお願いしたりしてます。
気が合うスタッフだと、そのあたりを理解してくれます。「あ、ここはあまりいろんなことは言いたくないんだろうな。じゃ、演出でどうするか、振付でどうするか考えよう」とかね。
—1つの音に対して3つくらいの音節を詰め込んだ歌詞、メロディやリズムを崩している翻訳ミュージカルが、確かに思い浮かびます。
今回は英語をそのまま残して活かしている箇所もあります。例えば「雨が強く降っている」って英語のまま「rain hard」でわかるでしょ? わかるんだったらそのまま残した方がいいかなって。
あと、普段のポップスでもやるんですけど、原詞にない英語を入れることで、英語を英語に変えるってこともやりますね。日本人が聞いてわかりやすい英語に変換するんです。
—それは、目からうろこな方法ですね。
CDや動画の仕事だと、歌詞を目で確認できますよね。でも、舞台は目で演技を見ながら、耳で音楽を聞いていくんで、なるべく難しい言葉を使わないように注意しています。難しい言葉を考えている間にお芝居が進んで観客が取り残されてしまいますから。
ミュージカルは多くの情報を入れなきゃいけないのが、なかなか難しかったりするんですけど、でも、歌詞では「この部分は想像させよう」などと考えますね。
—単に日本語訳の歌詞を書くというのではなく、お芝居を作る意識が求められるんですね。
私から「こんな風にしたい」っていう意識はないんですよ。基本的に舞台は演出家のものだと思っているので、演出家に全部決めてもらいます。「どうしたいですか?」というのを、舞台だったら演出家、映画だったら監督、音楽の場合はプロデューサーに聞きます。作詞はそれをどう言葉にして、音にしていくという、職人的な仕事です。
—稽古が始まるまでにも変更を求められることも多いのではないですか?
稽古が始まってから「ここを変えて」というのは、舞台によっては結構あります。『ヘドウィグ』に関しては、事前にかなりディスカッションして詰めていたので、粛々と自分の作業をしていた感じです。
企画モノの作品なんて、気が狂いそうになるほど直しが来る時もあります。でも、全然平気なんです。なぜ平気かというと、私の思い入れよりも、プロデューサーの思い入れの方が強いから。思い入れの強い人の言うことを聞いて当然って考え方なんですね。
私は職業作詞家であって、芸術家でもアーティストでもないので、変にプライドを持って意地を張るのはちょっと違うと思っているんですよ。
逆に、私はプロデュースの仕事もしているんですけど、その時は「私の言うことに従え!」なんですよ(笑)。だって、責任を取るのもリスクを負うのも、プロデューサーである自分ですからね。そして、出来上がった時には、今度は、歌い手のものであり、世の中のものだっていう考え方です。
—及川さんは『ヘドウィグ』以外にも東宝ミュージカル『プリシラ』(2016年、2019年)の訳詞を担当されてますね。
『プリシラ』はみんなが知っている80年代のディスコサウンドが中心で、全部既製曲。当時、私は舞台の仕事は15年くらいぶりだったんですけど、東宝さんが訳詞家ではなく「ポップスで洋楽の作詞をやっていて、なおかつミュージカル経験のある作詞家」を探していたんです。たぶん、数人しかいないと思う(笑)。
『プリシラ』は、誰でも知っている楽曲ばかりだったんですが、英語も日本語も堪能な観客の方が、「ねえ、この舞台って英語で歌ってた? 日本語で歌ってた?」と言ってたというのを役者さんから聞きました。英語か日本語かわからない位に、ちゃんと音楽を聞かせられたんだって嬉しかったですね。
—文法もリズムの違う言語なのに、違和感なく納まったんですね!
私のこだわりがそこにあるんですね。だから『ヘドウィグ』も作詞後歌ってもらったものをちゃんとチェックして、間延びして嫌だなと思ったところは「ここは変えさせてくれ」という作業をしました。
—最後に作詞家からみた『ヘドウィグ』の魅力を教えてください。
『ヘドウィグ』はメロディがあってないような、譜面があってないような楽曲で、作詞はものすごく大変だったんです。歌謡詞だと1番と2番は割と譜割りが同じなんですけど、『ヘドウィグ』は全然違いましたし。でも、大変だからすごく楽しかったんですね。いかに元のメロディや音楽を壊さずに日本語をつけていくかっというのが私の仕事だと思っているので、音楽的に詞を書くよう心がけています。
『ヘドウィグ』は「愛の物語」ってよくいわれているんですが、ヘドウィグが最後に投げかけるのは「希望」だと思うんです。
性転換したら失敗されるし、そこまでして東ドイツから逃げだしたら一年後にベルリンの壁が崩壊するし、旦那は逃げるし、若い恋人は裏切って自分の曲をパクっていくし、ヘドウィグはマイナス・マイナスなどん底の人生。でも、最後に自分には音楽があるということに気づいて、未来をきちんと向けるようになる。人は希望に向かっていくしか他に道はないんですよ。だから、この作品は、希望を与えてくれる物語だと思います。ヘドウィグが最後に残した希望を、ぜひ受けとっていただきたいですね。
○プロフィール 及川眠子
1985年、和田加奈子『パッシング・スルー』で作詞家としてデビュー。
日本レコード大賞を受賞したWink『淋しい熱帯魚』、やしきたかじん『東京』、新世紀エヴァンゲリオン主題歌『残酷な天使のテーゼ』等ヒット曲多数。1000曲以上のジャンルを超えた楽曲を手がける。作詞だけでなく、アーティストのプロデュース、ミュージカルの訳詞や舞台の構成、エッセイやコラム等の執筆や講演活動も行っている。近著に『誰かが私をきらいでも』『ネコの手も貸したい〜及川眠子流作詞術』、ミュージカルの訳詞は『プリシラ』などがある。
○公演情報
『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』
東京公演:2019年8月31日(土)~9月8日(日)EX THEATER ROPPONGI
福岡公演:2019年9月11日(水)~9月12日(木)Zepp Fukuoka
名古屋公演:9月14日(土)~9月16日(月・祝)Zepp Nagoya
大阪公演:2019年9月20日(金)~23日(月・祝)Zepp Namba
東京ファイナル公演:2019年9月26日(木)~9月29日(日)Zepp Tokyo
作:ジョン・キャメロン・ミッチェル
作詞・作曲:スティーヴン・トラスク
翻訳・演出:福山桜子
歌詞:及川眠子
出演:浦井健治、アヴちゃん(女王蜂)
Guitar:DURAN Bass:YUTARO Drums:楠瀬タクヤ Guitar:大橋英之 Keyboard:大塚 茜
公式サイト https://www.hedwig2019.jp/