インタビュー & 特集
田中圭 主演 舞台『夏の砂の上』公演レポ
劇作家・演出家の松田正隆の初期作品『夏の砂の上』が、世田谷パブリックシアターにて上演。長崎弁で綴られる、小さな家族とその周囲の人々の物語を、主演の田中圭をはじめ実力派俳優陣が揃って熱量高く演じた。(撮影/細野晋司 文/木下千寿)
INTERVIEW & SPECIAL 2022 11/19 UPDATE
長崎の片田舎にある港町に暮らす小浦治(田中圭)。勤めていた造船所が突然倒産して職を失い、妻・恵子は家を出てしまっていた。
蝉の鳴き声がせわしなく響く、とある夏の午後。治は暑い外から帰ってくると、手に提げていたビニール袋をちゃぶ台に置いて扇風機をつけ、部屋にどっかりと座り込む。滴る汗をぬぐい、ガサガサと弁当を取り出すと食べ始める。幕開け後しばらく続く無言の時間、治の覇気のない姿が、白のランニングからのぞく逞しい肉体に相反して物悲しい。
そこへふらりと姿を見せたのは、妻の恵子(西田尚美)。彼女は今、一人暮らしをしているようで、4歳で亡くなった息子の位牌を取りに来たという。位牌を探そうとする恵子に対し、この家に置いておけ、と静かに抗う治。ふたりが押し問答をしているところに、突然、治の妹、阿佐子(松岡依都美)が16歳の娘、優子(山田杏奈)を連れてやってくる。阿佐子は東京を出て、知り合いのつてで、福岡でスナックを開くことにしたと言い、仕事が落ちつくまでだからと、半ば強引に優子を治に預けて出て行ってしまう。それまでの陰鬱な雰囲気を打ち破るような松岡の芝居に、客席からは笑いがこぼれた。
治と優子、伯父と姪の奇妙な同居が始まった。寂しさや戸惑いを見せることもなく、久しぶりに会った治をすんなり「おじちゃん」と呼び、近所のコンビニでアルバイトを始めるなど、新しい場所での暮らしにあっさり馴染んでいく優子。奔放な母と生きてきたからか、十代にして妙に大人びていて冷めた気配が滲む佇まいを、山田が瑞々しく体現する。一方の治も、姪に対し殊更に気を遣ったりすることなく、淡々と共に暮らす。表情が乏しく、動きものっそりと緩慢な治の言動からは、彼の心の内を伺い知ることはできない。田中の抑えた演技はまるで澱のように観る者の心に溜まり、重みを増していく。
ある夜、元同僚・持田(粕谷吉洋)の再就職祝いの宴席からの流れで、治の家に持田と陣野(尾上寛之)がやってくる。なかなか新たな職を探そうとしない治に、早く仕事を見つけるよう促す人の好い陣野。だが治は、陣野が妻・恵子と関係があることに薄々気づいていた。陣野に探りを入れる治。はぐらかす陣野。なにげないふたりの会話の中に侵しがたい緊張が漂い、思わず息を詰めてしまう。
一方、優子は治が家を空けている日中に、アルバイト先の先輩、立山(三村和敬)を連れ込む。立山は優子に対し下心もある様子だが、彼を誘った優子の本心は読み取れない。彼を翻弄することで自分の存在を確かめているような、そんな危うげな行為にも映る。治といるときはまた違う表情を見せ、小悪魔的な魅力を発揮する優子に振り回される大学生・立山を、三村がコミカルに演じきった。
静かに、平凡に過ぎていくように見えるそれぞれの日常。しかしそこには小さなうねりが起こり、少しずつ変化していく。持田の勤務中の事故死を知らされ、葬儀に向かおうと準備をする治。恵子も喪服に着替えに、家に戻ってきた。そこへ頭と腕に包帯を巻いた、痛々しい姿の一人の女性が来訪。彼女は陣野の妻、茂子(深谷美歩)だった。三者三様のどうにもならない想いが錯綜し、悲哀とやるせなさ、おかしみの混じった会話が続く。
治の家を舞台に、さまざまな登場人物が絡み合い、やりとりが繰り広げられて物語が進む。何気ない言葉でありながら観る者の想像を掻き立てるセリフの数々、そこに生まれる会話の“間”が笑いや緊張を生み、流れに緩急をつける。当たり障りのない会話の底に潜む、それぞれの明かせぬ本音や過去、苦しみや切なさが積み重なり、終盤に向けて心がジリジリと干上がっていくような感覚に襲われた。クライマックス、身体も心も乾ききった治と優子の上に降り注いだ雨は、果たして彼らを本当に潤したのか――。夏の容赦なく照り付ける陽射しのように凝縮された2時間が、深い余韻を残した。
【公演情報】
世田谷パブリックシアター『夏の砂の上』
11月3日(木・祝) ~ 11月20日(日)
世田谷パブリックシアター
作:松田正隆
演出:栗山民也
出演:田中圭 西田尚美 山田杏奈
尾上寛之 松岡依都美 粕谷吉洋 深谷美歩 三村和敬
お問い合わせ:
<世田谷パブリックシアター オンラインチケット>
https://setagaya-pt.jp/
<世田谷パブリックシアターチケットセンター>
03-5432-1515(10:00~19:00)
【ツアー情報】
[兵庫公演]
11月26日(土)17:00、27日(日)12:00/16:00
兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール
お問い合わせ:芸術文化センターチケットオフィス 0798-68-0255(10:00~17:00 月曜休/祝日の場合翌日)
[宮崎公演]
12月3日(土)14:00、4日(日)14:00
メディキット県民文化センター(宮崎県立芸術劇場) 演劇ホール
お問い合わせ:メディキット県民文化センターチケットセンター 0985-28-7766(10:00~18:30月曜休/祝日の場合翌日)
[愛知公演]
12月10日(土)12:00/17:00、11日(日)12:00
刈谷市総合文化センター 大ホール
お問い合わせ:メ~テレ事業 052-331-9966(祝日を除く月~金10:00~18:00)
[長野公演]
12月16日(金)19:00、12月17日(土)13:00
まつもと市民芸術館 主ホール
お問い合わせ:まつもと市民芸術館チケットセンター (10:00~18:00)0263-33-2200