インタビュー & 特集
こまつ座『日の浦姫物語』朝海ひかるさん&平埜生成さんインタビュー
井上ひさしさんの没後10年目を記念した“井上ひさしメモリアル10”の一つとして上演される『日の浦姫物語』。井上さんが1978年に文学座と杉村春子さんのために書き下ろした作品で、数奇な運命をたどる日の浦姫と、愛に翻弄される稲若と魚名を中心に、禁忌、因果、宿命の愛と奇蹟の物語が繰り広げられます。日の浦姫の少女時代から老境までを演じる朝海ひかるさんと、稲若と魚名の二役を演じる平埜生成さんに話を聞きました。(取材・文/小柳照久、撮影/藤田亜弓、ヘアメイク/安海督曜[平埜]、スタイリング/村留利弘[Yolken][平埜])
INTERVIEW & SPECIAL 2019 7/11 UPDATE
朝海は15歳から53歳までを演じる
平埜は初の二役に挑戦
ーー双子である稲若と日の浦姫が、兄妹の禁忌を犯して宿した魚名。18年後、日の浦姫と魚名は互いに親子と知らずに再び禁忌を犯して子供をもうける。二重、三重のタブーが登場する作品です。台本を読んでの第一印象を教えてください。
朝海 聖書にも近親相姦の話があるからかもしれませんが、読み手に投げかけるようなラストは、どことなく聖書を読んだときの気持ちに似ているなと思いました。
平埜 グレゴリウス一世の物話や、ギリシャ悲劇のオイディプス王、日本の今昔説話抄などから着想を得ているんですよね。僕は舞台を観ているお客さんのような感覚で読みました。日の浦姫と稲若の間に生まれた魚名にとって稲若は父であり叔父であったり、魚名が日の浦と結婚したら、二人の子どもにとって日の浦は母でもあり祖母でもあり……関係がどんどん複雑になっていくのがすごく面白くて。皮肉な部分も含めて。やがて人の恋愛を覗き見しているような目線になっていったというか、三味線弾きの女に石を投げる民衆の一人として読んでいました。
ーー朝海さんは10代、30代、50代と、女の一生を演じられます。平埜さんは、10代半ばの少年と、18才の青年と30代の男盛りの二役です。数時間の間に誰かの一生を演じたり、二つの役を生きたりするのは役者ならではの醍醐味ですが、朝海さんはどちらも経験されていますね。
朝海 2003年の宝塚雪組でのトップお披露目公演『春麗の淡き光に』では藤原保輔と藤原保昌の二役、女優になってからは2008年・2010年の『エリザベート』でそれこそ16歳から60歳までを演じました。『春麗の淡き光に』は双子の役でしたが、場面ごとに違う役なので早変わりが大変だった記憶があります。舞台に出る直前に「今はこっちの役」と自分に言い聞かせていました。それぞれの役の視点から一つの作品を見ることができるので、二役は大変だけど二度おいしいところがあって、とても楽しかったです。一方、シシィの一生を演じるのはすごくエネルギーが必要でした。3時間で人生を生ききってしまうので、2回公演の日は「また10代に戻らなきゃ」という感じ。終わったあとにドッと疲れがくるのは一生涯を演じたときでしたね、私の中では。
平埜 僕は今回が初の二役になります。実年齢よりも若い役から、自分がまだ達してない年代を演じる……どうなんですかね?
朝海 私のときは、手探りながら、徐々に年齢を追って演じていくと、「ここに行き着くかな」となんとなくたぐり寄せる感覚があったので、流れに身を任せていました。今回の(平埜)生成くんは、場面ごとに入れ違いに出てくるのではなく、稲若が死んでから魚名役として出てくるので、全然違う役作りでもいいと思うんですよね。別人ですから。
平埜 切り替えはしやすいかもしれませんね。僕はそんなに器用な人間じゃないので、役を演じているときも「そもそも平埜生成じゃん」という意識があったりします。もちろん、頑張ってその人物に近づいていこうとするけれど、物理的にはどうしたって平埜生成でしかないので、二役だからといって無理やり癖をつけたり、歩き方を変えたりとか、そういうことは稽古前からは意識していません。台本に忠実に演じられたらいいなと、今の段階では思っています。
朝海 2017年の『私はだれでしょう』でも生成くんとご一緒しましたが、舞台ではちゃんと平埜生成ではなく役として存在していましたよ。
平埜 『私はだれでしょう』では記憶喪失の役で、演出の栗山民也さんから「出てくるたびに違う風を吹かせてほしい」と言われたんです。なかなか自分ではそれがわからなくて、ずっと試行錯誤していました。自分の中で「役に切り替える」という感覚やスイッチがないので、本番が始まると、楽屋という現実世界ではなく、暗いところにいて劇世界から離れたくないと思っていて、基本的に舞台袖にいます。
魚名の登場シーンは白馬に乗った王子様風?
「カッコよさを求められると不安になります」(平埜)
ーー平埜さんは、稲若では妹の日の浦姫をリードする少年、魚名では18才の青年として30代の日の浦姫と大人の関係になり、さらに自身が30代になったときには色恋ではなく人間と人間のふれあいにまで昇華します。
朝海 リードするのとされるのと、どっちが好きですか?
平埜 どうなんだろう?
朝海 一人っ子?
平埜 弟がいます。
朝海 じゃあ、お兄ちゃんだ。どういう感じの兄弟なの?
平埜 一番の友達みたいな感じです。
朝海 じゃあ、ちょうど今回の双子みたいな感じ?
平埜 そうですね。弟の恋愛のことも知ってるし、自分のことも全部話してるし。
朝海 日の浦姫のことも引っ張っていってくださいね、お兄ちゃん♪
平埜 朝海さんは引っ張った経験も、引っ張られた経験も豊富ですよね?
朝海 役の上ではそうですね(笑)。私は末っ子なので、ついていくほうが楽なんです。甘えたがりなので、いざ引っ張るとなると「よし、やるぞ!」と気合いを入れないとちゃんとできないんです。作中で魚名と夫婦になる場面、近親相姦ではあるけれど、台本を読んでいて違和感がなかったんです。急な恋愛とは感じなかったし、いびつな愛とも感じませんでした。見目麗しき殿方が悪党を懲らしめてくれて、「こりゃ良い縁談だ」と周りからやいのやいの言われて……。周りに言われると女性ってすごく弱くて、その気になってしまうんですよ。恋愛を封印していた女当主も、自分ではそうではないと思っていても、他人に背中を押されるとフラフラそちらへ行ったりするのも、なんとなく自然な流れ。「こういうことってあるよね」と思いながら読んでいました。
平埜 台本の中で不自然な感じがしないんですよね。
朝海 場面ごとにその世界に没頭できるし、納得できます。登場人物が自問自答することも、私たちが日常生活で悩むようにごく自然なことですし。近親相姦というワードは特別かもしれないけれど、現代の私たちも共感できる内容になっているんじゃないかな。魚名の登場シーン、白馬に乗った王子様風で、カッコよく、意図的に書かれてるもんね~。
平埜 僕はそういう役をあまり演じてこなかったので、カッコよさを求められると不安になります(笑)。 『私はだれでしょう』のときも、古賀勘太郎の所作とか、それこそ色気がほしいという話もあったし、技術的にもまだそこが課題です。色気ってどうやって出すんですかね?
朝海 女性は男性を見て「あら、カッコ良い」と思ったりすると、色気を感じたりするけど。生成くんは女性に色気を感じるときってある?
平埜 (髪をかきあげながら)こうやってるとき!(笑) 今回の舞台で、朝海さんが身をもってさまざまな色気を見せてくれるものと期待してます!
朝海 ちょっと待ってください! どうしましょう(笑)。でもね、そういう部分も魅力になっている作品です!
井上ひさしの作品に出会って
日本人についてすごく考えるようになった
ーー今回は井上ひさし没後10年目を記念しての上演です。お二人は以前、『私はだれでしょう』で井上作品に出演、共演されていますね。鋭いメッセージを投げかける作家で、重いテーマをもっているはずなのに、台本を読むと軽くて明るいことに驚きます。
朝海 笑える部分も多いですよね。今回も、魚の名前だけでセリフが成り立つなどの遊びがちりばめられています。「むずかしいことをやさしく」という井上ひさし先生のモットーが反映されている戯曲です。苦しい話をあえて笑わせたりとか、独特なんじゃないかなと思います。
ーー日本人が日本語で書いた戯曲は、翻訳ものとは違った言葉の美しさを感じることがあります。
平埜 日本語ってすごく特殊で、小さな島国で生まれたからか、大陸がつながっている民族とは違う構造なので難しい言語だと言われています。英語や韓国語の音楽を聴いていると、音楽に言葉が乗っていてカッコいいんですけど、日本語は丸みがあるので音には乗せにくいことがあります。僕たちは普通にしゃべっているのでわからないんですけど。でも、井上ひさしさんがそこに面白味やいろんなことを発見されて、日本語ならではのダジャレの面白さとか、韻の踏み方とか、いろんなことを考えて台本を書かれているんです。「いしが」と同じ発音でも「石が」かもしれないし「意思が」かもしれない。同じ読み方なのに意味が変わる面白さがあります。そういった面白さが、日本の民族性にあったものだからこそ発展したんだと思います。井上作品に出会って、日本人についてすごく考えるようになりましたね。
朝海 セリフの一部だけを切り取れば、どういう感情でもその言葉が言えてしまうので、気持ちの流れや、どういう思いをその言葉に乗せたかったのかを演出家と相談して作り上げていくことになります。いろんな表現の可能性があるし、言葉の裏側にある気持ちを込めることもできる。
平埜 「好き」という言葉には、「愛してる」というほかの言葉もあるし、「惹かれる」「心を寄せる」「お慕い申し上げます」という言葉もある。英語の「LOVE」と違って、同じ意味でも言葉が変わっていく面白さがあります。時代やニュアンスで言葉が変わるなんて不思議ですよね。
朝海 井上先生のセリフは、自分で話していても、ほかの役者さんが話しているのを聞いても心地良いですね。『私はだれでしょう』で、生成くんが、これまでの状況説明をする長ゼリフがあるのですが、無駄な音がないというか、気持ち良いくらいにはまっていました。逆に、井上作品でセリフを間違えると自分の中で取り返しがつかなくなることがありますし、ほかの役者さんの「あ、間違えた」というのもすぐわかります。そういう怖さはあるけれど。
平埜 芝居って、もちろん役者だけでなく作家・演出家・スタッフの思いも色濃く出ますが、矢面に立って「よくないね」と言われるのは役者なんです……やっててツラくなることないですか……? リスクの多い中で戦っていくモチベーションについて考えることがあるんです。
朝海 ツラいよ。でも、どんな表現も正解だという余地があるので、失敗と思わなければ失敗じゃないんじゃないかなと、ポジティブに考えています! 失敗したことで自分がどう勉強するか、教訓として何を今後の人生に活かすか、また同じ事態になったときにどう対応するか!
過去に錚々たる俳優が演じてきた『日の浦姫物語』
持っているものを「さぁ、すべて出し切れ!」
ーー兄妹での姦通し、生まれた赤子を海に流す母。息子と結婚してしまったことを知りつつも地獄の中に極楽を見る日の浦姫。『日の浦姫物語』は過ちの懺悔と許しの物語です。お互いの役の魅力についてはいかがですか?
朝海 見どころ、いっぱいあるね!
平埜 見どころだらけですね! 日の浦姫については、1978年に井上ひさしという偉人が、杉村春子という偉人にとんでもない作品を書き下ろしたところから始まりました。
朝海 プレッシャーかける!?(笑)
平埜 (笑)。年齢とともに過ちを一周して、懺悔して罪を悔いようという姿勢とか……でも、そこで折れてしまう弱さとか。15歳から53歳という壮大な時間軸で描かれているのは、井上さんが杉村春子という大女優に宛てた「あなたならできるでしょ!」という挑戦状のような作品にも思えました。人間のもろさが描かれているけれど、一方で「やっぱり、人間っていいよね」という希望も背負っている役。「ここ、日の浦姫の見せ場です!」という場面は「ここは杉村春子を見てよ!」という思いで書かれているんでしょうし。見せ場だらけで楽しみです。2012年の再演では、大竹しのぶさんも演られてますし。
朝海 それを言ったら生成くんもでしょ!(笑) 前回、藤原竜也さんが演じられています。稲若はまだ少年だけど女性からすると頼りがいのあるお兄ちゃん。魚名は一転して凛々しく、自分を助けてくれる青年。出てきた瞬間に色気で魅せる、役者の技量を存分に発揮できる二役じゃないかと思います。
平埜 ギリシャ悲劇っぽくもあり、日本の古典のようでもあり、でも、ときどき現代の言葉も混ざってくる、それを使い分ける日の浦姫。
朝海 え、またこっち?(笑)
平埜 (笑)。女優さんで舞台をやるといろんなジャンルがあるじゃないですか。その中でも、一役でいろんなジャンルのお芝居が見られますね。
朝海 それは、稲若も魚名も一緒じゃないですか?(笑) 二枚目の血気盛んな若者から、ボロボロになって出ていくいぶし銀の最後まで。役者が持っているものを「さぁ、すべて出し切れ!」という。
平埜 僕26歳なんですけど、いぶし銀か~(笑)。
朝海 平埜生成、見せます、いぶし銀!(笑) でも、もし何年後かに再演されたとしても、現在の生成くんの魅力は今しかないので、今だからこそ見られる二役というのが楽しみです。
平埜 いぶし銀と言ったら、2012年にも藤原成親(日の浦姫と稲若の父親)役で出演されている辻 萬長さんもいらっしゃって(今回は説教聖役での出演)、三味線弾きの女を演じる毬谷友子さんも独特の世界観を持ってらして。僕は絶対コテンパンに指導されるんだろうな。
朝海 コテンパンにされたいの?(笑) 私はたかお 鷹さんとしかご一緒したことがないんだけど、たかおさんはとても面倒見が良くて、お芝居も「こうしたら、ああしたら」とアイディアをいただけますし、知識面でもいろんなお話をいっぱいしてくださるので、今回も頼りにさせていただけたらと思っています。
平埜 稽古場でしゃべれるかなぁ。みんな大変だから、僕なんかが話しかけちゃいけないと思ってしまって……。
朝海 話しかけちゃっていいんじゃない? 今回は「話しかけようキャンペーン」したら? 文学座の皆さんもいらっしゃるし、いろんなお話が聞けると思いますよ。
ーー最後に読者へメッセージをお願いします。
朝海 ギリシャ悲劇や近親相姦というワードで、「こういうの難しくてダメ」と第一印象で思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、まったくそういうことはないです。中身はやさしく、笑いもギャグもちりばめられていて、堅苦しくない作品なので、気楽に観にいらしていただきたいなと思います。
平埜 杉村春子という伝説の偉人に書き下ろされた戯曲で、2012年版では大竹しのぶ・藤原竜也主演、蜷川幸雄演出でやっていた芝居を、2019年版は朝海ひかる・平埜生成主演、鵜山 仁演出の新版で上演。これは面白くならないわけがないので、ぜひ観にきてください!
朝海ひかる(あさみ・ひかる)
宮城県出身。1991 年宝塚歌劇団に入団。2002 年、雪組トップスター就任。2006 年退団。近年の主な作品に【舞台】『黒蜥蜴』(演出:デヴィッド・ルヴォー)、『黄昏』(演出:鵜山仁)、『TOP HAT』(演出:マシュー・ホワイト)、新国立劇場2018/2019 シーズン演劇『かもめ』(演出:鈴木裕美)など。井上作品には『しみじみ日本・乃木大将』、『國語元年』、『私はだれでしょう』に出演。
平埜生成(ひらの・きなり)
1993年生まれ、東京都出身。近年の主な作品に 【舞台】『オーファンズ』(演出:宮田慶子)、『DISGRACED』(演出:栗山民也)、『誰もない国』(演出:寺十吾)など。【映画】『劇場版コード・ブルー-ドクターヘリ緊急救命-』、『空母いぶき』など。【TV】『おんな城主 直虎』、『正義のセ』、『今日から俺は!!』、『悪党~加害者追跡調査~』など。こまつ座作品には『私はだれでしょう』に出演。
※辻 萬長さんの「辻」は一点しんにょうが正式表記となります。
井上ひさしメモリアル10
こまつ座第129回公演
『日の浦姫物語』
2019年9月6日(金)~23日(月・祝)紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA(新宿)
※山形公演あり
作:井上ひさし
演出:鵜山 仁
出演:朝海ひかる、平埜生成/石川 武、沢田冬樹、櫻井章喜、粟野史浩、木津誠之、川辺邦弘、宮澤和之、越塚 学/赤司まり子、名越志保、岡本温子/たかお 鷹、毬谷友子、辻 萬長
◆スペシャルトークショー
9月9日(月)1:00公演後 鵜山 仁(演出家)
9月13日(金)1:00公演後 朝海ひかる・平埜生成
9月19日(木)1:00公演後 辻 萬長・毬谷友子・たかお 鷹
※詳細はhttp://www.komatsuza.co.jp/をご覧ください。