インタビュー & 特集
2年ぶり待望の再演『チック』 小山ゆうなさん(翻訳・演出)&柄本時生さん&篠山輝信さんインタビュー
舞台芸術は一期一会である。改めてそう痛感した芝居がある。2017年にシアタートラムで日本初演された『チック』だ。約2年ぶりの再演を前に、14歳の少年チックとマイクを演じる柄本時生と篠山輝信、そして翻訳・演出を手がける小山ゆうなに話を聞いた。(撮影/三浦一喜、取材・文/千葉玲子)
INTERVIEW & SPECIAL 2019 7/9 UPDATE
舞台芸術は一期一会である。改めてそう痛感する体験をさせてくれた芝居がある。2017年にシアタートラムで日本初演された『チック』だ。
世界26カ国で翻訳・出版されているベストセラー『Tschick』(邦題『14歳、ぼくらの疾走:チックとマイク』、ヴォルフガング・ヘルンドルフ作)を元に2011年に舞台化され、ドイツでは上演の度にチケット完売が続く人気作。日本では、ドイツ出身の演出家・小山ゆうなが翻訳・演出を手がけ、14歳の少年チックとマイクを柄本時生と篠山輝信が演じている。
7月13日から、約2年ぶりの再演がスタートする。
ベルリンに住むマイク(篠山輝信)は、ギムナジウムの8年生。学校では目立たない存在で、家庭に複雑な事情を抱えている。両親のいない夏休み。好きな女の子の誕生日パーティに誘われなくて落ち込んでいたマイクだったが、ロシア移民の転校生・チック(柄本時生)が突然たずねてくる。無断で借りた車で旅に出ようというのだ。破天荒なチックに戸惑いながらも、次第に居心地の良さを感じるマイク。旅先で待つ見たことのない景色と、ゴミの山に住む少女・イザ、親切で風変わりなフリーデマン一家、突進してくるカバおばさん、廃村に住むフリッケじいさん、世話好きの看護師、電話の向こうの声…といった人々との出会い。やがて2人にとって、一生忘れがたい旅になる。
大枠だけでは王道の青春物語という先入観を持つかもしれないが、『チック』はアウトサイダーの話でもある。初演では客席から何度も笑い声があがっていたが、どこか突き放すようなスタイリッシュな語り口で、ユーモアと切実さが隣り合わせになっている。
――再演に向けて、いかがですか?
篠山 再演が決まって台本を読み返したんですが、僕、やっぱりこの作品好きだなぁって。14歳のロードムービーっていうプロットは王道に見えて、細部はぜんぜんベタじゃないんです。チックとマイクの感じ方にハッとさせられる部分がたくさんあって、すごくシニカルだったり、ユーモアがあったり。ネタバレになるので詳しくは言えませんが、劇場で観ていただいたら、絶対に何かしら、一人ひとりがいろんなことを感じざるを得ないお芝居なんです。
小山 (脳腫瘍が見つかって)病気が治らないとわかった原作者が、自分の人生を凝縮させて書き上げた作品なんだということが、読めば読むほどわかります。再演にあたって、私も未だにわからないことがたくさんあるのですが、とても多面的で、篠山さんがおっしゃる通り、観る人によって引っかかるポイントが違うのも良いところ。初演からいろいろな方に感想を伺いましたが、一致したことがあまりなくて。再演でも、お客さまの想像力に委ねて、自由に感じとってくださる芝居になったらと思います。
初演では、小山が読売演劇大賞優秀演出家賞、小田島雄志・翻訳戯曲賞を、美術の乘峯雅寛が優秀スタッフ賞を受賞するなど好評を得た。しかし3人は、初演とほぼ同じ座組(マイクの母は、あめくみちこに代わって那須佐代子)で再演できることを喜びながらも、「再演、おそろしいですよね」(篠山)と語る。
柄本 稽古に入ったら、「初演のときはこうやってたな」ってきっと思い出すんですよ。自然とそっちに動いていってしまう自分と、どう折り合いをつけるかな~って。たぶん初演より考えることが山ほどあるんですけど、正直…考えるよりも、やってみないとわかんないかなって思っちゃうから、俳優は。映像でも同じなんですが、もし一度OKをもらったシーンを撮り直すことがあったら、OKもらっちゃってるんだよな…って思いながら演じてしまいそうになる自分に「ヤバいな」って。それって、俳優にとってこわいこと。そこは念頭に置いて再演に臨みたいですね。
一期一会のものとして演じなければ、観客には響かない。それは、作中の「今を生きろ(カルペ・ディエム)」というキーワードとも重なってくる。
――初演時に、小山さんから何か作品の核になるお話はありましたか?
柄本 大鷹(明良)さん演じるフリッケじいさんと出会うシーンについて、小山さんとお話ししたのは覚えています。チックはロシアからの移民ですが、(ベルリンの壁やナチス、移民の統合問題など、)その背景にあるドイツの歴史の話を伺って。そういったことを踏まえて演じてほしいと。
小山 たしかにあのシーンは、そういう意味では核になるかもしれないですね。フリッケじいさんは、チックとマイクに、最終的には愛とかもぜんぶ無意味なんだって言うんです。それはなぜかというと、彼は過去にドイツで起こった出来事や戦争を実際に体験していて…人が人を、お互いを殺し合うとなったときに、何もかもが無意味になってしまうから、「今を生きろ」と。
小山は終始、作品を結論付けることは避けながら、慎重に言葉を選ぶ。
小山 今を生きるというと、快楽主義とか、今を楽しく生きればいいじゃん、といった捉え方もあるかもしれませんが、作者が言う「今を生きろ」はそうじゃなくて。たとえば「星がきれいだ」と感じたときに、どこまで今体験している状況や感受性を深く掘り下げられるか。それは舞台上で演じる2人にかかっていて、本当に「星がきれい」とか、旅の道中で出会った人を「この人、良い人だ」と生で感じていくことの深さ、感性のつながりが、人生の損得を計算したり将来のために先取りして考えることよりも、もしかしたら大事かもしれないよね、って。そういうメッセージはあるのかなと思います。
篠山 マイクは一人語りのセリフが膨大にあって、ひたすら覚えて稽古に入ったんですけど、小山さんから「個人的に話しかけて」と言われたのを覚えています。稽古の段階から、シアタートラムの客席をイメージして、目の前にいる人に直接語りかけるっていうことをやり続けないと、劇場に行っても何もできない。それを繰り返したことが、マイクの“あの感じ”につながったのかなと。「今、オレが言ったこと、この人どう思ってるのかな?」みたいなこと、日常会話でもありますよね。本番でも、「あ、このお客さん寝ちゃったな」とか(笑)、「頷いてくれた」とか、そういう情報をできるだけ遮断しないようにしていました。“相手役がたまたまお客さん”みたいな感覚というか。でも、シアタートラムの近い空間で、それは怖いことでもあります。だから再演も、本当にチャレンジです。
柄本 初演のときは、篠山さんがセリフを覚えるのがとにかく早くて、助かりました。僕はセリフが入るのが遅くて(笑)。ホン読みからセリフ入れてたんですよ? 篠山さんは“ド”が付く真面目。稽古中によくあるのは、篠山さんが何かを一心に受け続け、僕だけフラフラしてる…っていう。おもしろいことに、この感じが「あ、(役に)合うな」って。篠山さんがマイクで僕がチックというキャスティングは、わかるな~って思いますね。
篠山 僕も、マイクにとっての“チックの得体の知れなさ”を柄本さんに感じていて。でもだんだん彼に惹かれて、「コイツと一緒にいたいな、いいヤツだな」と思える部分も、僕は柄本さんにそっくりそのまま感じています。今日も久しぶりに会ったんですが、やっぱり得体が知れないから、「あ、再演いけるな」って思いました(笑)。
柄本 ははは! 得体が知れないの?(笑)
篠山 いや、柄本さんはすごくサービス精神がある人で、めっちゃいいヤツなんですよ。そういう意味でも、僕にとっての柄本さんは、マイクにとってのチックなんです。俳優として、柄本さんが演じるチックをやれるような役者になりたいと思いますけど、絶対にできないですし。稽古していて、(柄本さんは)毎日違うんですよ? 本番が始まってからも違いますからね。
小山 2人の掛け合いがポンポンと続いて、「ここでその長い間なんだ?」みたいな(笑)、柄本さんの絶妙なタイミングもまたリアリティがあるよね。
柄本 オレ、そんなことやってたっけ?(笑)
篠山 いや、マジで(セリフを)忘れてるときもありますからね(笑)。すごく間を取ってきたな~と思ったら、忘れてたの!って。
柄本 いや~、考えるときは、考えてるんスかね?(笑) なんかさ、入れ替えバージョンの『チック』もやってみたいよね。
篠山 マイク、大変だよ?(笑) セリフも作業量も多いよ?
柄本 マイクのセリフは覚えたくないけど…(笑)。
――小山さんから見た2人の印象は?
小山 『チック』では装置の転換も俳優さんに参加していただいていて、申し訳ないくらいなんですけど、柄本さんは本当にいろんなことをよく見ていらっしゃるんです。すごく繊細。そこってあまり目立たない、明かりが当たっていないよね?という瞬間も、周りをよく見て、みんながどう感じているか汲み取ってくれる。だから助けられていることが多々あります。たしかに得体の知れない…もしかしたら誰にも伝わらないんじゃないかな?(笑)っていう、でも気がつけると最高に楽しい柄本さんのユーモアを、篠山さんがうまくみんなに伝わるようにフォローしていたりして。
――篠山さんはいかがですか?
小山 篠山さんはもう、私よりたくさん台本を読み込んでいるんじゃないでしょうか?
篠山 いやいやいや!
小山 去年のリーディング公演『イザ』のお稽古でも、すごく助けていただいて。篠山さんは、ぜんぶちゃんとわかっていて、キチンとやってくださるんです。ありがとうございます。初演から2年経って、細胞も入れ替わって、またみなさんと作品づくりできるのが楽しみです。
小山ゆうな(こやま・ゆうな)
1976年生まれ、ドイツ・ハンブルク出身。早稲田大学第一文学部演劇専修卒業。劇団NLT演出部に2010年まで所属。11年からアーティストユニット「雷ストレンジャーズ」を主宰し、古典翻訳劇を中心に演出。近年の主な演出作品に、ラティガン『ブラウニング バージョン』(14年)、イプセン『フォルケフィエンデ 人民の敵』(15年・16年)、シュニッツラー『緑のオウム亭-1幕のグロテスク劇-』(17年)、『コモン・グラウンド』(18年)、ヴェデキント『LULU』(19年)など。9月に「雷ストレンジャーズ」でイプセン『リーグ・オブ・ユース~青年同盟~』を上演予定。2020年にミュージカル『チェーザレ 破壊の創造者』、ミヒャエル・エンデ『願いがかなうぐつぐつカクテル』の演出を手がける。
柄本時生(えもと・ときお)
1989年生まれ、東京都出身。2005年、映画『Jam Films S-「すべり台」』で俳優デビュー。近年の主な出演作に、映画『めんたいぴりり』、『旅のおわり世界のはじまり』、『宮本から君へ』、ドラマ『家売るオンナの逆襲』、『わたし、定時で帰ります。』などがある。主な舞台出演作には、『ハムレット』、『ゴドーを待ちながら』、『赤鬼』、『わらいのまち』、『イニシュマン島のビリー』、『関数ドミノ』、『流山ブルーバード』、『心臓が濡れる』など多数。
篠山輝信(しのやま・あきのぶ)
1983年生まれ、東京都出身。2006年、舞台『ANGEL GATE~春の予感』で俳優デビュー。テレビ『あさイチ』のリポーター、『しごとの基礎英語』、『ニッポン秘境旅 こんな田舎がアルか否か!?』などレギュラー出演多数。主な舞台出演作には、『飛龍伝 2010 ラストプリンセス』、『寝盗られ宗介』、『江戸のマハラジャ』などがある。
『チック』
2019年7月13日(土)~28日(日)シアタートラム
原作:ヴォルフガング・ヘルンドルフ
上演台本:ロベルト・コアル
翻訳・演出:小山ゆうな
出演:柄本時生、篠山輝信、土井ケイト、那須佐代子、大鷹明良
https://setagaya-pt.jp/performances/tschick201907.html
◆リーディング公演『イザ ぼくの運命のひと/PICTURES OF YOUR TRUE LOVE』
公演期間中に、『チック』に登場するゴミの山に住む不思議な少女・イザに焦点をあてた戯曲『イザ』のリーディング公演も開催される。
7月20日(土)18:00、7月21(日)18:00 シアタートラム
原作:ヴォルフガング・ヘルンドルフ
上演台本:ロベルト・コアル
翻訳・演出:小山ゆうな
音楽・演奏:国広和毅
出演:土井ケイト、亀田佳明
◆手話通訳の実施
7月14日の13時公演、7月23日の19時公演では、下手端(舞台に向かって左)に手話通訳者(米内山陽子)が立ち、進行に合わせて通訳を行うという試みも。